私の単身赴任生活

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 今から15年程前の事です。

 

それまで関西地区のある営業所に務めていました。

 

周りでは結構、毎年春には転勤で来る人もいれば出ていく人もいました。

 

幸いな事でしょうか、私は転勤には全く縁がなく声が掛かることもありませんでした。

 

転勤してきた人の話を聞くたび転勤も「いいもんや」と思うようになり多少憧れていました。

 

そうこうして、私が47歳の頃、東京で開かれた会議に参加した時の事です。

 

メインの議題が終わりざっくばらんな雰囲気の場なった時、本社の重役さんから関西より一人転勤したい者はいないのかとの発言がありました。

 

こちらから声をかけた訳ではないですが、自然と目と目が合い私に白羽の矢がささりました。

 

家族と相談したいと、その場は一旦保留にしました。出張から自宅に帰りその事を家内に話しました。

 

あっさりと決まったのですが、転勤する条件として子供が学生(中学と高校)で転校は難しく単身赴任でと決まりました。

 


重役との話で、すぐ来てくれと決まり取敢えず身一つで渋谷のホテルへ入りました。

 

慣れない業務をやりながら時間を見てはネットで住居探しです。

 

単身の赴任手当に見合う家賃の所を探すのですが都内23区では、なかなか見つかりませんでした。

 

範囲を千葉、横浜、埼玉と広げようやく東武東上線の朝霞(埼玉県)にしました。駅からは徒歩10分程度で1DK家賃5万5千円でした。

 

この転勤を始めに53歳までの間に関東地区内を毎年のように転居/転勤の生活となりました。

 

朝霞→小田原→大塚→朝霞→上石神井 最後は単身赴任の乱れた食生活で体を悪くし関西に戻してもらいました。